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オペラ・ミカド実行委員 |
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横 浜 市 立 大 学 助 教 授 |
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岩 崎 徹 |
今から20年ほど前の1980年代半ば、『レ・ミゼラブル』(1985)、『オペラ座の怪人』
(1986)という超ロングランを記録することになる作品が相次いで発表された。そのいずれも
がロンドン発だったため、ブロードウェイが脅威を感じるほどのイギリス・ミュージカルの実力
が再認識された。しかし、ミュージカル先進国としてのイギリスの歴史はじつはさらに一世紀さ
かのぼることができる。1885年にサヴォイ劇場で初演された『ミカド』を始めとする、いわゆ
る「サヴォイ・オペラ」だ。1881年に柿落しをした全館電気照明のファッショナブルな劇場で毎
年のように発表されるヒット作が海(大西洋)の向うのアメリカでも評判になり、海賊版上演対
策に頭を悩ますほどだった。このサヴォイ・オペラは、別名「ギルバート&サリヴァン」という。
作詞(・脚本・演出)担当の劇作家ウィリアム・ギルバートと、作曲家アーサー・サリヴァンの
名を組み合わせた呼び名で、ミュージカル史上のゴールデン・コンビ(『サウンド・オブ・ミュ
ージック』のロジャース&ハマースタイン、『マイ・フェア・レディ』のラーナー&ロウ)のは
しりでもある。そういえば、『オペラ座の怪人』のロイド・ウェバーのことを「ロック時代のサー
・アーサー・サリヴァン」と呼んだ人もいる。二人とも音大教授の息子で、クラシック音楽のバッ
クグラウンドを活かした折衷的な作風ということだろうか。長身で短気なギルバートと小柄で温
厚なサリヴァンという外見も性格も対照的なコンビを維持し、専用の劇場を建て、以後100年以
上続く歌劇団を組織した興行師リチャード・ドイリー・カートの存在も大きい。『レ・ミゼラブ
ル』、『オペラ座の怪人』の両方を手がけた大物プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュ
は、差し詰め現代のドイリー・カートといったところだろう。
それにしても、「オペラ」が元祖ミュージカルとはどういうわけか?オペラといえば、歴史的に
は王侯貴族の支援なしには成立しなかった絢爛豪華かつ高尚な芸術。今でも、チケットの値段一
つ取っても、庶民には手の届かない世界だ。ところが、サヴォイ・オペラのファンは、上は英国
王室から下は庶民に至る老若男女とじつに幅広い。さらに、ファンは鑑賞者に留まらない。英米
の主要大学には定期上演をする同好会があるし(歴史の古いものとしては、映画『炎のランナー』
に出てくるケンブリッジ大学のソサエティなど)、学芸会で子供が演じることも多いという。子
供でも演じられる、というより、子供が演じても差し障りがないことも、サヴォイ・オペラの特
徴だ。音楽なしの台詞(芝居)と歌が交互に出てくる形式からオペレッタ、あるいはコミック・
オペラと呼ばれることも多いが、オッフェンバックやヨハン・シュトラウスなどのオペレッタと
異なるのは、浮気者や酔っ払いはお断りという健全さだ。『ミカド』では、配偶者以外の異性と
いちゃついた者は即刻死刑だし(ただし、執行されることはない)、『魔法使い』では婚約祝の
宴はケーキと紅茶で「乾杯」する。もちろん、イギリスで実際に不倫が死罪なわけでも、禁酒運動
が盛んなわけでもない。ヴィクトリア朝以来の保守的なイギリス社会を、そして、浮気者や酔っ
払いが幅を利かせたお決まりのオペレッタをからかっているのだ。だからこそ、いろんなレベル
で楽しめる健全娯楽路線となっている。フィガロ顔負けの早口歌や、異なるメロディーを見事に
重ねたアリアの名人芸を堪能するも良し、『ペンザンスの海賊』のクライマックス
で、臆病な警官隊と心やさしき海賊の対決を笑うも良し。結構辛口の社会諷刺にニヤリとするの
もいい。上院(貴族院)改革をテーマにした『アイオランシ』では、狩猟シーズン中の休会など
さまざまな特権を廃止し、公爵の爵位は試験の結果により授与するとの妖精の女王の宣告に議員
たちが震え上がる様子がおかしい。
このようにヴィクトリア朝イギリスで誕生し、基本的にイギリス社会を諷刺したのがサヴォイ
・オペラだとすると、地理的にも時代的にも隔たった現代日本の観客にとってどんな魅力がある
だろうか?サヴォイ・オペラの中でも抜群の知名度を誇り、上演の機会も多い『ミカド』は(一
応)日本を舞台にしている。詳しくは別の解説に譲るが、ある意味で当時の日本ブームに便乗し
たこの作品は、舞台装置、衣装(初演の舞台を再現してみせた1999年の映画 Topsy-turvyはこ
の部門でアカデミー賞を受賞した)など本物の日本らしさへのこだわりなど、いわゆるジャポニ
スムの一面が伺われる点でも興味深い。ミュージカル『ミス・サイゴン』が下敷きにしたオペラ
『蝶々夫人』がこれだけよく知られているのに、初演が約20年さかのぼる作品で、英米では誰も
が知っている『ミカド』が猪瀬直樹氏の貢献にも関わらず日本での知名度がいまだに低いのは不
思議な現象だ。ミカドの国の住人の私たちとしては、処刑マニアのミカドに周りがさんざん振り
回されるという筋に憤慨するのではなく、一世紀前の西洋人の(多分に空想の)眼に映った日本
を知り、その背後に透けて見えるイギリス社会ヘの諷刺を、上質のイギリス的ユーモアを、心地
よい音楽と共に楽しみたいものだ。本当に日本らしいかどうかに関わらず、『ミカド』は第一級
のエンターテイメント、ミュージカル史上最強のゴールデン・コンビによる最高に贅沢なミュー
ジカルといってもいいだろう。実際、『ペンザンスの海賊』(主演ケヴィン・クライン)は1980
年代にブロードウェイでロングランを記録したし、元モンティ・パイソンのエリック・アイドル
を迎えてロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラが上演した『ミカド』は、舞台をリゾ
ートホテルに移し変えた1920〜30年代のミュージカル風の演出で話題を呼んだ。1ダースあま
りのレパートリーのうち半分は現在でもよく上演されるサヴォイ・オペラは、ミュージカル好き、
イギリス好きの多い日本の観客にとって宝の山だと思う。
日本人がしかも日本語で演じる『ミカド』があると聞けば、英米のファンが放っておくわけが
ない。十数年前からイギリスで夏の3週間ほどに開催されている国際ギルバート&サリヴァン・
フェスティバルに招聘された榊原徹氏は、東京芸大出身の指揮者・音楽監督で、ドイツ系オペレ
ッタ上演の豊富な経験を活かして、サヴォイ・オペラの上演に着手した。一昨年には『カルメン』
で80年ぶりに浅草オペラを復活させるなど、オペラと大衆芸能の境界を軽やかに飛び回る榊原氏
こそ、いわば「ミカドの里帰り」を実現し、それを契機にさらに多くのサヴォイ・オペラの上演で
日本の観客に新鮮な感動を味わわせてくれるに違いないと大いに期待している。
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